2011年10月5日水曜日

概念意味論における指示論

Jackendoff(2002)の第12章(特に指示層の部分)のまとめ。

指示層(referential tier)
Jackendoff(2002)の意味/概念構造は、指示層、記述層、情報構造の三層構造になっており、指示層は従来の意味論における量化などに相当する。事物(object)や事象(event)は指示層に対応物を持つが、叙述名詞などは指示層に対応物を持たない。

S/P: [S [NP Eva]4 [VP became [NP a doctor]5]]6
DT: [Event inch([State be([Object eva]4, [Object doctor]5)])]6
RT: 4 6

同一指示や意義の同一は、指示層における指標の一致や、記述層における指標の一致によって記述される。

指示的依存(referentially dependent)
事象は、それを構成する事物に指示的に依存する。指示的依存は→で記述される。

S/P: [[a woman]1 bought [a car]2]3
DT: [buy(woman1, car2)]3
RT: 3 1, 2

言明では事象の存在が主張されるが、質問では事象の存在は主張されない。言明の効力は⇒で記述される。

RT: 3 1, 2

固有名や照応的代名詞は、言明か質問かに関わらず独自に存在の主張を持つ。

S/P: [Did John1 buy a car2]3
RT: 3  1, 2; ⇒ 1

S/P: [John1 bought a car2][Did you4 see it5]6
RT: ⇒  1, 2; ⇒ 1; 6  4, 5=2; 4

n.b.
3は言明なので存在。3は1, 2に指示的に依存するので1, 2も存在。6は質問なので存在の主張を持たないが、4は直示なので存在、5は2と同一指示なので存在。

指示的フレーム
wantは欲している状況がまだ起こっていないことを含意する。これは指示的依存のグラフの一部(従属節の部分)を枠に入れ、存在の主張の変更を表す演算子のラベルをつけることで記述される。

S/P: [Joan1 wants [to buy a car3]4]5
DT: [want(joan1, [buy(pro2, car3)]4)]5
RT: ⇒  1, want[4  2=1, 3]; ⇒ 1

質問や否定も、主張されていない部分を囲む箱への演算子としてコード化することができる。

S/P: [Joan1 didn't2 buy a car3]4
DT: [neg2[buy(joan1, car3)]4]5
RT: ⇒  neg[4  1, 3]; ⇒ 1

叙実的(factive)動詞の補文は、主節の状態に関わらず独自に存在の主張を持つ。

S/P: [Fred1 didn't realize that [Joan2 bought a car3]4]5
RT:  6  neg[5  1, 4  2, 3]; ⇒ 1, 2, 4

If P, then Qは、PもQも存在の主張を持たないが、PはQに指示的に依存する。

S/P: [If P1, then Q2]3
RT:  3  cond[1  2]

物語の中の固有名は、fictionの箱の内部で存在の主張を持つ(実在の人物であれば箱の外から矢印を引いてもよい)。

S/P: [Holmes1 wanted [to buy a cigar3]4]5
RT: fiction[⇒  1, want[4  2=1, 3]; ⇒ 1]

量化子は、述語を指示に関する特別の枠の中に置く効果を持つ。

S/P: [[Everyone in [this room]2]1 speaks [two languages]3]4
RT: ⇒ every[1 → 2, 4 → 5=1, 3]; ⇒2; (⇒3)

指標1は繰り上げられた量化子、指標5は束縛変数に対応する。指標3は、指標4からの指示的依存によって存在の主張を持つ場合も、独自に存在の主張を持つ場合もある。前者の場合は、全ての人がそれぞれ二つの言語を話すという意味になる、後者の場合は、ある二つの言語を、全ての人が話すという意味になる。

この方法では、量化子の相対的なスコープ(の少なくとも一部)は、指示層でコード化されるので、統語論あるいは記述層でコード化する必要がない。

情報構造と指示層

主題(topic)は、評言(comment)の中の何かによって認可されるということはない。評言の中の量化子とは独立に存在の主張を持つ。

a. Every girl danced with one of the boys.
b. One of the boys was danced with by every girl.
c. One of the boys, every girl danced with.

aの優先される読みは、oneが狭いスコープを取る読みである。bはoneが広いスコープを取る読みが好まれるが、絶対ではない。cはoneが明示的に主題の位置に置かれており、oneは義務的に広いスコープの解釈を持つ。

n.b.
aとbでは、oneは指示的依存により存在の主張を持つかもしれないし、独自に存在の主張を持つかも知れないが、主語は主題として解釈されるのが優先されるので、bはoneが主題=独自に存在の主張を持つ=広いスコープの読みが優勢になる。cはoneが明示的に主題になっているので、義務的に広いスコープの読みになる。

everyは束縛変数を要求し、束縛変数は指示層で独立に存在の主張を持つことはできない。従って、everyは主題を表す前置された位置では非文法的である。

a. *Every girl, one of the boys danced with.
b. *As for every girl, one of the boys danced with her.

従って、量化子繰上げやラムダ抽象を用いなくても、情報構造層の意味だけである種のスコープの効果は得ることができる。

n.b.
統語論や記述層で量化子の相対的なスコープをコード化しなくても、指示層である種のスコープ効果を記述することが可能。そして、ある要素が主題であるということは、その要素が指示層で独自に存在の主張を持つことを意味する。

n.b.
日本語の場合は?「展示されている全ての作品は、太郎が制作した」など、主題の位置にeveryが出てもよさそう。

参考文献
Ray Jackendoff, 2002, Foundations of Language. OUP. (郡司隆男[訳], 2006, 『言語の基盤』岩波書店)

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